子どもたちのことに目を転じてみると、ここにはまったく別の想定外、子どもと職員の努力の結晶があった。
   何度か家庭に帰る希望を失いかけながらも、あきらめずに待ち続け家庭復帰を果たした。病弱ですと言われて学園に来たはずの子が、毎日毎日、生きる喜びを全身で表し、見ている大人の方が思わず嬉しくなってしまうほど明るく元気になったこと。「園長先生、縮んじゃったの?」と言いながら肩を並べて背比べする中学生。幼稚園に行くことさえ渋っていた子が、小学校に真新しいランドセルを背負って誇らしげに登校する姿。中3時にはほとんど学校に行けなかった子が、高校に進学し、ブレザーを颯爽と着こなし、坂道を自転車こいで登校する姿。日頃の振舞いから考えて到底自立できずどこまでも面倒を見ないといけないかもしれないねと思っていた子が、卒園時に立派な挨拶をし、その後も着々と生活の自立の様子を報告する……。子どもの未来を勝手に想定し決めつけてしまう大人のおこがましさを恥じる。
   子ども一人ひとりについて、その未来は良い意味で想定外なのだ。「あれぇ?」という事が起こったとしても、子どもの未来に想定外を信じたい。子どもは子どもなりに大人の温かい期待、希望の想定に応えようともしている。大人は子どもたちの想定外を心から喜びたい。学園には子どもたちの嬉しい想定外が満ち溢れている。

   「神は私たちの力、私たちの支え、苦しむ時の変らぬ助け。地が揺らぎ、山が海に崩れ落ち、波がどよめき,しぶきをあげ、その勢いに山々が揺れ動いても、決して恐れることはない。すべてを治める神は、私たちと共に」詩編46