ドン・ボスコ生誕200周年
貧しさのなかで見捨てられた青少年の、魂と生活の支援に尽力するサレジオ修道会を創立したドン・ボスコは、1815年8月16日、イタリアの北部ピエモンテの小さな村カステルヌオーボ・ダスティで産声をあげた。日本では江戸幕府末期にあたり、井伊大老の安政の大獄があり桜田門外の変があった。西欧では産業革命がおこり労働問題が噴出、フランスの英雄ナポレオンがワーテルローの戦いに敗れセントヘレナ島へ流された。大きな変化のうねりに揉まれる政情不安の時代であった。
  現在の社会では、「青少年福祉」「若年貧困」などが社会問題のキーワードとして注視されているが、ドン・ボスコの生きた時代はそうした面の問題意識はきわめてうすかった。
  ドン・ボスコは政治・経済・産業の近代激動期を必死に生きた人であった。産業の近代化の陰にあって、人としての尊厳を奪われ魂の救いを求め危機に瀕している青少年の状況に、敢然と抗すべく行動を起こした神父で あった。その実際的な行動は、当時イタリアに吹き荒れた反聖職者運動のなかにあってさえ、青少年教育における有意義な活動として認められ修道会設立もかなえられた。
  神父になりたてのころ、先輩の神父と共に訪れたジェネラーラ少年刑務所で目にした青少年たちの荒くれた姿に、ドン・ボスコの心は強く揺さぶられた。「悪に落ちる前に善の素晴らしさを味わわせることが必要だ」「青少年の信頼を得られなければ、適切な指導、教育はできない」「若者たちを愛するだけでは足りない。彼らが自分たちが愛されていると実感できなければならない」。 若者たちのそばにいることを喜びとすること。若者たちを信頼し、若者たちの好むことを好むこと。慈愛深く若者たちと接し受けとめ、尊重することなど、現代の養護理念にそのまま通用する言葉をドン・ボスコは私たちに残してくれている。教会で偶然出会った若者が「自分にできることは何もない」と悲嘆にくれているとき、「君は口笛を吹けるかい」と明るく機転のある気遣いを見せる、そうした温かな寄り添いがドン・ボスコにはあった。
  ドン・ボスコは実に実践の人であった。若い時からさまざまな仕事を経験していた。その仕事一つひとつが、のちの若者たちの生活支援へとつながっていったと言っても過言ではない。若者たちが食べて生きていけるよう現実的な支援ができた人であった。
  本年、ドン・ボスコ生誕200周年を迎えるにあたって、あらためて私たちは何を学べば良いのか。それはドン・ボスコがしたように若者一人ひとりに寄り添って実際的に動く行動力ではないだろうか。児童養護施設ですごす子どもたちにとって、社会に巣立っていくことは、大きな不安のなかに送り込まれる試練でもある。ひとたび人間不信に陥った子どもたちが社会のなかで信頼できる人間関係を見い出すための道案内が、私たちの仕事なのかもしれない。
  来年平成28年には学園は創立70周年を迎える。この70年のあいだ、学園は子どもたちにとって良き道案内人であったか。子どもたちにしっかり寄り添ってこられたか、振り返る機会としたい。
 
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