ここ数年学園に在籍する子どもたちが増えてきたが、この1年は特に受け入れ枠いっぱいの状態が続いた。嬉しいこととは決して言えない。親の病気その他の理由のために子どもたちが行き場を失い学園に来ている状況は、孤立している家庭が多く存在していることを表している。少子化のために親族の数が少なく、その親族すら高齢化して子育てに協力できない状態にあるのだろう。子どもたちの寂しげな表情を見るにつけ、悔しい気持ちがつのる。
  学園の木々が鬱蒼としてきた。木が着実に根づいた証しだ。木がその根を広く深く張る時に、その葉も広く、幹も太く成長する。木の大きさはその根の深さと大きさに比例するという。人間も同じで、こころが安心して周りの人々の中に広く深く根を張るほどに、その活動範囲も広がり味わい深い人になる。私たちの子どもたちはそのこころを安心して私たちの間に広げ、深く根ざしているのだろうか。子どもたちは単に私たちの間を通過していく存在なのか、それとも私たちの中からなにがしかの栄養分を吸い取って、未来に葉や枝や幹を大きく広げようとしているのだろうか。

1. サレジオの精神である子どもたちと「共にいる」ことを大切にする。そして、子どもたちと明るい表情で接し、一緒に過ごす時間を作り、楽しい生活になるように努める。
職員が子どもたちの安全に注意を払っているにもかかわらず、怪我や事故があった。反省すべき点である。子どもたちと個別に過ごすために、個別対応のプログラムを実施した園舎、ジープ島体験、牧場体験、バス釣り、聖高原のんびり体験などの工夫が払われた。夏の行事は各園舎ともに楽しく、安全であるために実施踏査を徹底した。

2. 子どもたちの衣食住の生活に、きめ細やかな配慮をする。素材、センス、デザインなどにも気を配り、温かな、居心地のいい、清潔な雰囲気の園舎になるように、手間を惜しまず工夫をする。